初恋と不倫 坂元裕二 p.39
『悲しみを伝えることって、暴力のひとつだと思います。』
仲の良い高校の同級生がいた。
高校時代の彼は、バカみたいに明るくて、バカみたいに正直で、いわゆるクラスのムードメーカーで、マスコットだった。人を巻き込む力があって、何をしてもなぜか許してもらえる愛嬌があって、おまけに帰国子女で英語もペラペラだった。声が大きくて、何を話していても目立った。
でも、人より少しばかり劣等感を感じやすかった。
同級生に対してなぜかすごく劣等感を持っていたみたいだった。
「もう高校のやつらと会うのつらいんだよ。自分が恥ずかしくなる。」
浪人の一年間、深夜にSkypeをかけてきては、よくそう言っていた。
だから、高校の同級生が誰もいない、彼自身の縁もゆかりもない、遠くの地方大学に入った。
はじめは楽しそうだった。初めての土地でたくさん友達を作って、のびのびしていた。
年に一回は会っていたが、だんだん彼の口から出る話が暗くなってきて、
「自分の成長できなさが嫌だ。何もできない。もっと自分に厳しくなりたい。」
「自分のことを殴ると、その痛みで安心できる。」
「この前まで入院してた。死にたくなって、睡眠薬一瓶飲んだから。」
「前の彼女のこと、殴ってた。そんなに痛いなんて思ってなかった。ある日突然、彼女が痣だらけなのに気づいた。」
会うたびに彼は、「俺はダメな奴だ。」と繰り返した。
私はいつだって、「ダメじゃないよ。高校時代、私は君になりたいと思っていたし、尊敬するところがたくさんあるよ。ダメじゃないよ。」と繰り返した。
私は心から正直な気持ちで彼を励ましたが、何を言っても彼は聞かなかった。
ずっと「でも、俺はダメな奴だ。」と言い続けた。
私もだんだんつらくなってきた。正直な気持ちで言っていることを否定されるというのは、私自身を否定されているように感じるから。
悲しみを伝えることが暴力にもなりうると感じたのは、このときだけだ。
好きな人たちの悲しみは、暴力になりえたとしても、私は受け止めたいなあと思う。